国立大学一期校と二期校の違いは?
国立大学一期校と二期校という言葉はご存知でしょうか?
昔は、国立大学は文部省によって、一期校と二期校に分かれていたそうです。
今回は、国立大学一期校と二期校の違いをテーマにお話をさせていただきます。
国立大学一期校と二期校の違いは?
国立大学一期校と二期校とは、1949年から1978年まで行われていた入試システムにおける国立大学の分類のことです。
試験日程が、一期校は3月上旬、二期校は3月下旬というように分かれていました。
現在でいう、前期と後期みたいに感じです。
国立大学一期校と二期校の違いは、一期校には旧帝大などのレベルが高い大学が入っており、二期校には新設大学が多く含まれています。
なので、一期校は二期校よりもレベルが上というイメージがあったようです。
しかし、実際には、地域バランスも考慮して分類されており、大学の学生のレベルを反映したものではありませんでした。
といっても、旧帝大がすべて一期校に入っているのは明らかにわざとでしょうし、一期校の方が二期校よりも上というイメージがつくのも当然と言えるでしょう。
以下の分類が、1977年時点での国立大学の一期校と二期校の分類です。
一期校 | 北海道大学、岩手大学、東北大学、東京大学、筑波大学、東京藝術大学、千葉大学、お茶の水女子大学、東京工業大学、東京水産大学、一橋大学、新潟大学、富山医科薬科大学、金沢大学、浜松医科大学、名古屋大学、三重大学、滋賀医科大学、京都大学、奈良女子大学、大阪大学、神戸大学、鳥取大学、岡山大学、広島大学、徳島大学、高知大学、九州大学、九州芸術工科大学、長崎大学、熊本大学、宮崎大学、琉球大学 |
二期校 | 北見工業大学、旭川医科大学、帯広畜産大学、小樽商科大学、北海道教育大学、室蘭工業大学、弘前大学、宮城教育大学、秋田大学、山形大学、福島大学、茨城大学、宇都宮大学、群馬大学、埼玉大学、電気通信大学、東京医科歯科大学、東京外国語大学、東京学芸大学、東京商船大学、東京農工大学、横浜国立大学、富山大学、福井大学、山梨大学、信州大学、静岡大学、愛知教育大学、名古屋工業大学、岐阜大学、滋賀大学、京都教育大学、京都工芸繊維大学、奈良教育大学、大阪外国語大学、大阪教育大学、和歌山大学、島根大学、山口大学、香川大学、愛媛大学、九州工業大学、福岡教育大学、佐賀大学、大分大学、宮崎医科大学、鹿児島大学 |
※1977年時点での分類
[the_ad id=”7323″]なぜ国立大学は一期校と二期校に分かれていた?
なぜ国立大学は一期校と二期校に分かれていたかというと、大学受験生が有名校に集中することを防ぎたかったからです。
旧帝大などの有名国立大学を一期校にまとめて同じ日程にすることで、旧帝大の中の大学はどれか一つしか受けれませんでした。
その結果、受験生が様々な大学に分散することを狙ったということです。
また、大学進学者の首都圏への集中も防ぎたかったとのこと。
首都圏や地方都市部の大学を一期校にまとめることで、都市部の大学は一つしか受けれませんでした。
その結果、一期校を落ちた人は、泣く泣く二期校で田舎の国立大学に行くしかなかったのです。
なぜ国立大学は一期校、二期校は廃止されたか?
国立大学の一期校、二期校が廃止された理由は、一期校と二期校が序列化されるようになったからです。
その結果、一期校が本命大学、二期校が滑り止めとなってしまったとのこと。
いつの時代も受験生は、伝統のある有名大学や都会にある大学に進学したいと思うものなのでしょう。
旧帝大などの伝統ある大学が多い一期校が本命となり、二期校が滑り止めとなるのは当たり前ですよね。
しかも、日程的にも、一期校が先にあるわけですから、まずは一期校の本命を受けて、ダメだった場合は、二期校の滑り止めを受けると言った感じだったようです。
しかし、こういった大学の序列化を是正するために、一期校、二期校は廃止されてしまいました。
そして、大学共通第1次学力試験が導入されたのです。
その後は、国公立大学は原則的に1校だけの受験となりました。
現在では、国立大学は前期と後期の2回チャンスがありますが、後期は募集人数が少なく、人数調整の意味合いしかないので、実質1校だけの受験とも言えるでしょう。
近年の国立大学の序列はどうなっている?
国立大学の一期校や二期校というのは、昔の序列です。
今となっては、あまり参考にならないでしょう。
しかも、たったの2つの分類されていただけですから、上か下かというくらいしかわからない序列です。
あまり意味がないと言えるでしょう。
最近の国立大学の序列は大きく様変わりしています。
国立大学のランクや序列を詳しく知りたい方はこちらの記事をご覧ください。
国立一期校と二期校の違いを上か下かのように簡単にしないでください。
当時は一期校の受験体制(五教科七科目の筆記試験)がハードだったことや難問・奇問のオンパレードが当たり前でした。そのため、一期校と二期校、さらに私立大学の価値が企業内でもかなりありました。そのような背景で上か下かではないと思います。